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紙と電子、どう使い分ける

 記憶・感情への働きかけは紙が優位

2023年05月31日

社会・生活

研究員
河内 康高

 「紙離れ」が止まらない。日本製紙連合会が2023年1月20日に発表した「紙・板紙内需見通し報告」によれば、22年の紙の内需(新聞用紙、印刷・情報用紙、包装用紙、衛生用紙の推計)は前年比2.8%減った。23年はさらに5.0%減の1080万トンまで落ち込むと予測する。人口減少に加え、企業のペーパーレス推進などデジタル化が加速しているためだ。二千年を超える歴史を持つ紙媒体は、このままデジタル化の波に飲まれ消えて行く運命なのだろうか。

 こんな疑問を胸に、世界の学術論文などを調べてみると、「記憶・感情への働きかけが必要な場合は紙が優位」との分析が示されていた。今後も紙が長く生き残る姿を垣間見た気がした。

図表.jpg新聞用紙、印刷・情報用紙の需要(出所)日本製紙連合会

世界の文献を調査

 筆者の実感でも、紙からデジタルへの移行は急速に進んでいる。一方で、電子より紙の方が便利だと感じる場面も少なくない。つまり、紙を全てなくせばいいというものではなく「使い分け」が必要なのだ。

 では、どんな場面で紙は優位性を発揮するのか。できるだけ客観的に分析するため、紙と電子媒体を比較した学術論文などをデータベースで検索し、それぞれの結論を分類して整理した。


【対象】紙と電子媒体を比較した文献
【発表年次】2011年以降
【調査手法】オンラインやデータベースでキーワード検索
【サンプル数】N=50
【地域】可能な限り、地域が偏らないよう収集(下記図参照)

図表.jpg地域別文献数(出所)リンカーズを基に作成


 結論から言えば、調べた文献のうち7割は何らかの形で「紙の優位性」を指摘するものだった。一方で「どちらともいえない」は2割強、「電子媒体が優位」に至っては1割弱にとどまる。「デジタル化が進むと利便性や生産性が向上する」というイメージからすると意外に感じる人が多いのではないだろうか。

図表.jpg紙と電子媒体の比較文献(出所)リンカーズを基に作成

 紙が優位だとした文献を見てみよう。多かった分野の一つは教育だ。「英単語や漢字は紙に書かないと覚えられない」と感じる人は多いだろう。その感覚は概ね間違っていないようである。

 慶應義塾大学の研究グループは、英単語や漢字の記憶に関して「紙の単語帳」と「電子媒体の単語帳」を使用した場合の記憶力比較実験を実施。20名の大学生・大学院生がそれぞれの媒体を用いて学習した後、1日後、3日後、1週間後の計3回テストを行った結果、3日後や1週間後のテストは紙の成績が良かった。同研究グループは「最終的に身につけるためには紙を利用したほうが効果的に学習できる」と結論付けている。

図表.jpg「教育」分野(出所)リンカーズを基に作成

 「読書」の場面でも、理解・記憶・認知で紙が優位とする結果が大半を占めた。紙の本を読む方が、集中力が高くなることも示された。その要因の一つとして、人は紙を使った時の方が「感情価」が高くなることが指摘されている。感情価とは心地よいという感覚のことだ。「紙が好きだ」と感じる人は、この感情価が学習や読書の効果を高めている可能性がある。

「紙の優位」は一時的?

 ただ、このように「紙優位」の結果になったのは、研究が「教育」や「読書」などの分野に偏っていたためだとも考えられる。例えば「大量のデータから必要な情報を抽出する場合、紙と電子でどちらが有利か」といった研究は、筆者が探した限り見当たらなかった。実験などしなくても結論が見えているからだろう。

 では、教育や読書の分野に限れば、本当に紙媒体に優位性があると言えるのだろうか。すぐに思い浮かぶ疑問は、これは過渡的な現象で、技術が進歩すれば紙媒体の優位性は失われていくのではないかということだ。例えばタブレット端末に字を書き込む電子ペンの性能は、ここ数年で劇的に向上した。

 実際、「電子媒体が優位」とする文献は4件あったが、発表は2020年以降に集中している。今後は結果が変わってくる可能性がある。

図表.jpg「電子優位」は2020年以降に集中(出所)リンカーズを基に作成

 被験者に紙に親しんだ世代が多いことも影響しているかもしれない。生まれた時からデジタルに触れてきた小学生2~3年の子どもを対象にしたアンケート調査では「電子媒体の方を好む」という結果がでている。現時点では紙世代が多数派を占めるため、紙の感情価は高い。しかし、それが恒久的なものかどうかは議論の余地があるだろう。

図表.jpg「読書」分野(出所)リンカーズを基に作成

今後も優位性を発揮するシーンは?

 一方で、技術が進歩しても変わらない分野もある。動物としての人間が持つ性質だ。認知の仕組みに関連した領域が、これに当たる。

 「教育」の場面では、理解・記憶・認知で紙が優位とする文献が圧倒的に多かった。例えばテクニオン・イスラエル工科大学などの研究グループによれば、時間的な制約やプレッシャーが大きい「難解な課題」に対応する際、紙でのパフォーマンスが高くなるという。

 また東京大学などの研究グループは、紙は「想起の手掛かり」が豊富であると指摘している。例えば紙の教科書やノートを使って学習する場合、字が四角形の紙のどこに書かれているかといった位置情報を、文字が表す情報に関連付けて記憶する「連合学習」が生じるという。

 電子媒体では画面と文字の位置関係が一定ではなく、人間の脳にとっては視覚的な手掛かりが乏しい。このため文字と空間的な情報を関連付けて記憶することが困難になる。こうした認知の仕組みは「慣れ」や「好み」ではなく、長い進化の過程で形作られているため、今後も紙の優位性として残るだろう。

 以上の分析結果から、デジタル化が進んでも教育分野では記憶や理解を助けるツールとして紙は残りそうだ。同様に、広告などの分野でもデジタルとは違う強みを発揮するシーンは残るだろう。そう考えると、これからも紙は特定分野で以外にしぶとく生き残るかもしれない。

写真.jpg紙は生き残れるか(イメージ)(出所)stock.adobe.com

河内 康高

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